宮原中宇宙科学館のページ
宇宙科学館の概要宇宙科学館の写真

宇宙科学館とは本校出身・宇宙飛行士 若田光一氏が平成8年1月11日のスペ−スシャトルエンデバ−号での初搭乗を契機として、若田氏の中学校時代の当時の資料をはじめ宇宙飛行士としての活躍の様子を広く理解していただけるように本校生徒と教員と地域の方々の力を合わせた展示スペ−スです。
主な展示品
若田氏の写真
若田氏が中学校科学部員時代の科学展出品パネル作品
「関東ロ−ム層の研究」
スペ−スシャトル エンデバ−号での初搭乗の記念の「STS−72ミッションNASDA公式飛行記念品」
スペ−スシャトル ディスカバリ−号での2度目の搭乗記念の「STS−92ミッシ ョンNASDA公式飛行記念品」
若田氏より宮原中学校生のみなさんへ色紙「つかめ未来を」
毛利衛氏より宮原中学校生のみなさんへ色紙「Reach for the star」
向井千秋氏より宮原中学校生のみなさんへ色紙「夢に向かってもう一歩」
若田氏の来校記念の講演の記録全文
スペ−スシャトルやV2やヴォスト−ク等のロケット模型
月・土星・木星・火星等の惑星のパネル写真
 (埼玉大学地球観測実験室 教授 高橋忠司氏より借用)色紙「つかめ未来を」
宇宙食等
本校定期発行 宇宙新聞 夢ひとすじに「1号から18号」(平成13年2月1日現在)

若田宇宙飛行士来校
2001年1月22日(月) 
生徒あいさつ写真 ロケットアニメ講演内容 講演の様子写真
若田光一氏来校記念講演会
みなさんこんにちは。宇宙開発事業団の若田光一です。
母校である宮原中学校にこうして報告に来られたこと嬉しく思います。生徒のみなさん、保護者のみなさんにお集まりいただきありがとうございます。
 私は今、校長先生のご紹介にあったように 昨年の10月国際宇宙ステ−ションの組立飛行に臨みました。
国際宇宙ステ−ションというのは世界の16カ国が協力して軌道上、だいたい地上から400kmの所に実験施設をつくる計画です。2006年には国際宇宙ステ−ションが完成の予定です。 もう既に 1998年の11月から組立が始まっています。完成されたときの国際宇宙ステ−ション自体の大きさはほぼサッカ−場がすっぽり入るものとなります。幅110m奥行き90m弱の大きさになります。
日本も重要な役割を受け持っています。日本の実験棟の名前は「希望」
2004年に始まり2005年にスペ−スシャトルの軌道上で組み立てられる計画になっています。
大きな構造物ですので地上で組み立てて一度で持って行くことはできないので、40回以上に分けて、アメリカのスペ−スシャトルとロシアのプロトンというロケットがあるのですが、打ち上げて段階的に組み立てていくのです。ですから宇宙飛行士にはいろいろな仕事があるのですが、国際宇宙ステ−ションの建設に携わる私たち宇宙飛行士の仕事は宇宙の大工さん、とび職と呼べるものです。一つ一つ実験設備を組み立ててゆくので、一つ一つの組立が次の組立に影響を与えます。40回以上のそれぞれすべての打ち上げが確実に終了するもの、完了するものという前提の上に成り立っています。もし一つでも組み立てられないとすると、次の飛行、そのまた次の飛行に影響を与え計画に変更を余儀なくされる可能性がでてしまいます。
 特に私が一番難しいことと感じているのは、技術的なことに加えて国際協力でやっているので、昔のようにアメリカとかロシアとかという一国で有人飛行の時代ではないので、実験施設で得られたデ−タをみんなが享受するため、言葉や文化の異なる人々と調整する仕事、通訳を通じてロシア、フランス、ドイツの人々と一緒に調整すること、技術的な面に加えて国際間の調整をしなければならないことが難しいことなのかなと思います。
私が今回参加したスペ−スシャトルの搭乗は40数回のスペ−スシャトルの飛行の7回目に当ります。
姿勢を制御する装置や、通信装置の機能をもつZ1トラスト(重さ8.3t)を取り付けること、後続のスペ−スシャトルが立ち止まるためのドッキングボ−トの取り付け、そして電気の配線やアンモニアの流体の配線をすることでした。 私は今回カナダ製のロボットア−ムでこの2つを取り付けることに加えて、船外活動している宇宙飛行士をロボットア−ムの先端に乗せていろいろな活動を支援しました。フライトの途中で電気系がショ−トする問題が起こり、使いたかったカメラが使えなかったり、コンピュタの画像処理のシステムが作動しなかったりなどのトラブルがありました。コンピュタの画像処理のシステムについては新しい装置と取り変えたり、ショ−トした電気系については新しい電源から電気を取り入れたりして、電気工事の仕事もして復旧することができました。
これも3年以上にわたる訓練のお陰で、7人の宇宙飛行士だけでなく、地上にいる管制官のみなさんがテキパキとどうしたらよいかどう処理すべきかを短時間で私たち宇宙飛行士に伝えてくれたので迅速に対応できたのかなと思っています。
宇宙飛行のテレビ放映を見ていると、そこには映らない多くの人々がいて、それらを支えてくれているのです。管制官の人・提案してくれた実験者・装置の設計者など多くの人々みんなのチ−ムワ−クがあって実験が可能になるのです。今回、いろいろとトラブルがありましたが、成功できたのは多くの人の支援のお陰だと思っています。

私も25年前ぐらいですね、宮原中学校で学んでいた時、まだ日本人が宇宙に行けるととは思って見なかった時代でした。でも、今はみなさんが宇宙に行ける時代だと思います。
みなさんはアポロ11号という言葉を聞いたことがありますか。1969年ア一ムストロング船長が月に着陸しました。確か私が5才の時のことです。みなさんのお母さんやお父さん方は知っている世代なのかなと思っていますが、私にとってこれは大きな出来事でした。その時、月の上で仕事ができること、宇宙で仕事ができるのはアメリカか旧ソ連(現在のロシア)だけしか行けないなあと小学校の頃思っていました。でも、毛利さん向井さん土井さん私そしてこれから飛行が予定されている野口さんと日本人の宇宙飛行士がいます。このことは今、私が五歳の時に感じた宇宙飛行士になるという手の届かない憧れが実現可能な時代になったことを嬉しく思います。

私は次の飛行に備えて、来週の月曜日からアメリカのテキサス州のヒュ−ストンのNASAの航空宇宙訓練施設で引き続き訓練を重ねることになっています。私の次の目的は長期観測・滞在できるように国際宇宙ステ−ションの組立をすることです。質問を受ける若田氏

その先の私の夢はね。月面に行って月面基地の建設に参加することです。
みんなは夢をもっているかな。
本当に現在は宇宙に行くことは誰にとっても実現可能な時代になっています。それ以外に興味のあるものに接して、好奇心をもってこんなことしてみたい、これだというものがあって夢をはっきりとした目標に据えて頑張ってもらいたい。しっかりと目標をもってやれば必ず夢は叶うと私は思っています。
私の話は夢をもって決してあきらめることなくそれに向かって進んでもらいたい、そういうふうに思います。みなさん、ここで宇宙飛行士にきいてみたい質問があるのじゃないのかなと思いますので、これからその時間にしたいと思います。ありがとうございました。


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Q&Aコーナー
質問1 質問1内容1年生徒(Y.Kさん)より
質問1答え
[宇宙はみんなの人に限りのない夢を与えてくれるものだ、
そこが宇宙の素晴らしい所だと思います。宇宙がこの世に誕生してもうすでに150億年たっていると考えられているのだけれども、宇宙が膨張してどのように誕生してその後どうなっていくのか、ますます未知の領域、はかり知れない所があるのですね。人間がここにいるように他の恒星のまわりに我々のような生命をもつ生物がいるかも知れない、限りなく探求しきれない所そこが一番の宇宙の魅力です。」


質問2 質問2内容2年生徒(S.H君)より
質問2答え
「そうですね。打ち上げの時怖くないのですか、これはよく質問されるのですが、みなさんはロケットの打ち上げを実際に見たことがありますか。
その時の音はものすごいものです。私は、以前、宇宙飛行士の向井千秋さんが初めて発射の際、地上で日本から応援しに来た人たちと発射に立ち会いました。その時の発射の様子は火の玉と激しい音で感動しました。また、恐ろしい音で怖いのじゃないのかなと思いました。
いざ、自分が発射する時には、ロケットに火が点いてだいたい燃料は発射8分30秒後ぐらい、9分たたないうちには、無重力の状態になってしまうのでずが、この発射8分30秒後ぐらいの時間に宇宙に行けるか行けないかが決まる最も大切な時間なのです。もしエンジンが止まったりすればフロリダに引き返すとか、スペインやアフリカの西海岸に確実に安全に帰還させるようになっています。
怖かったと感じたことはないです。常にどのように対処したら良いかイメ−ジしながらこの時はこうしようと安全策を考えているので、思いに耽けることはないです。自分で安全に帰って来るんだと常に考えていました。」


質問3 質問3内容
質問3答え                                                     3年生徒(M.Kさん)より
「やっぱり、みなさんに勉強、宿題そしてその後の試験があるように私たち宇宙飛行士にも授業を受けた後勉強や試験があるのです。分厚い教科書です。全部、英語なのです。ロシアの場合はロシア語です。
飛行訓練の一つにシュミレ−タ−の機会があります。船長とフライトエンジニアとの間の補佐の仕事なのですが、シュミレ−タ−の一室に入って訓練するのですけれども、打ち上げを想定しててきぱきと会話をするのです。教科書の時の勉強と違って模擬の飛行訓練する場合は、よく相手の話を聴き取り理解し、会話を続けていくので自分の母国語でない言語で即座に対応しなければならないのは、大変苦しかったです。
6ヶ月後の中でだんだん打ち上げの訓練にも慣れ、生活にもそして言葉にも慣れて訓練も楽しいものになっていきました。今後は宇宙船内で長期滞在する予定になっているのでロシア語でやらなくてはならないので今その勉強をしています」


質問4 質問4内容
質問4答え                                                      1年生徒(M.T君)より
「体力的につらい訓練が結構あるんです。サバイバル訓練と言って、宇宙船が緊急に降りたといって暑し所とか寒い所とか海に着陸するかわかりません。緊急に脱出して生き残るという体力的につらい訓練です。
でもそれ以上につらい訓練と言ったら、先ほどの質問にあったように6ヶ月の間のNASAの宇宙航空局での訓練の際の言葉の問題です。
最初、日本の宇宙開発事業団から派遣され言葉が不自由な時、離陸や着陸の厳しく難しい訓練をしている時つらいなあと感じました。」


質問5 質問5内容3年生徒(T.S君)より
質問5答え
「それは良い質問ですね。今回は日本の食べ物をいくつか持っていくことができました。
たとえば、埼玉名物の草加せんべいです。スペ−スシャトル内は地球に落ちようとする引力つまり重力と遠心力が釣り合って、ほとんど物が落ちない状態にあるのです。ですからパリッとせんべいを食べた時に生じたせんべいの破片が船内に飛散し浮遊して、その破片を食べるために、破片を追うため、その様子はフナがエサを集めるようになりました。
インスタント食品は数多くあります。日本のご飯も温めるだけのものになっています。温かい味噌汁もあります。ストロ−で食べます。お椀におはしが物が一番おいしいのですが、流体にしてストロ−で食べるのです。チキンライスもあります。チキンライスはフリ−ズドライの状態になっていて、乾燥しているので水を入れて、数分間ふやかして、温めてストロ−で食べます。アメリカの宇宙飛行士はステ−キを食べていました。
地上ではやかんに熱を加えると対流が起こります。だから、チキンライスの一部分を加熱すると膨張して比重が小さくなって熱による対流が起こるのです。しかし宇宙では味噌汁は作って置くだけで対流して熱による温ためることがではないので、ほぐして食べることが違います。
これ以外にもインスタント食品は数多くありし、ほとんど地上のみなさんと同じです。
みなさんが宇宙旅行する頃にはもっといろいろな食べ物ができているでしょう。例えば、寿司もできていると思いますよ」
退場する若田氏の写真
貴重なお話を
ありがとう
ございました


生徒に囲まれる若田氏の写真